Forest ~ジェイク・ウェバー好き~





海外ドラマ『Medium』でジョー(ジェイク・ウェバー)にはまりました。

ちょいちょいティム・ロスやスタートレックも。
いいとしして急に思いついて始めたばかりの初級英語学習についても
ポツポツ呟きます。

スポンサーサイト 

 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

△top

Vincent and Teo レビュー 

 

観てるときは、評判通りドキュメンタリータッチでさらっとしてるな、という感触だったんですが、意外と意外とあとをひいてます「ゴッホ 謎の生涯」
残されてる手紙に書かれた言葉を二人のやり取りのセリフに盛り込み、事実を追いかけていくつくり、「Vincent & Teo」の原題どおり、ゴッホというより兄弟を中心に話が進みます。
ゴッホの生涯を研究している人はどうやらたくさんいるらしく、芸術に特に美術に疎いわたしにとっては、絵ではなく生涯を研究していること自体が驚き。
チラチラ読むに、ゴッホの生涯は実はキリスト教と切り離せないらしい。知ってる人は、は?何を今さら、なんでしょうね。
牧師の息子として生まれたVincent(ゴッホ)は、熱心なプロテスタント信者でしたが、気性なのか信仰が篤すぎたのか、あちこちで受け入れてもらえない軋轢を生んだらしい。
地域や教会からも離れざるを得ず、絵描きをめざしたところから映画は始まります。
金もなく頼る人もない生活。
伝道師を辞めたのに、どうしてこんな厳しい生き方をするんだ、と兄に問う弟テオ。
絵描きになるのは神のお導きだ、と叫ぶ兄、Vincent。
ゲージツもゲンジツも厳しい・・・って思わされますが、ゲージツやゲンジツのせいではなく、本人の持って生まれた気質が彼を追い込んでいるような・・。
その辺へのふれかたも、それとなーく、なんだな。忠実、とはいえ何年間かを90分ほどにまとめるのですから、ゴッホの生涯をよく知っている人が見れば、あれもこれも抜け落ちている、と思うだろうし、知らない人が見れば、あれもこれもサラッと流れます。映画(物語)を見るぞー!と思うとちょっと肩すかし。

私は、ゴッホの絵の凄さというのが実感として全然わかっていないので、この時代にそれを理解できない凡人たちを責める気になれず、どうしてもゴッホのエキセントリックさだけに目が行きます。ティム、やりすぎとちがうか?と思ったんですが、ゴッホ関連のページを見る限り、どうやらあんな人だったらしくその辺も忠実だったのか。しかし、ゴッホの書いた手紙の文面などをみれば、あそこまで不器用で無口だったようにも思えないのですが。
現代なら、あっという間に多くの人に作品を見てもらうことができるのに、世に広まるまでにかかる時間と、ゴッホの糸が切れるまでの時間が、なんとも悲しかったですね。

ゴッホというと、どうしても私が思い出すのは三谷幸喜の舞台、「コンフィダント~絆」です。なんせ大阪まで泊りがけて観に行ったものな。
事実に忠実に忠実に描こうとした映画と正反対の、ほぼ事実など無視、の舞台。
共通するのは、当然ですが「芸術」です。
「コンフィダント~絆」では、ゴーギャン、ゴッホ、スーラとともに絵を描いたシュフネッケル(画家ですが、彼自身はあまり評価されていない)の存在が大きく描かれます。自分は絵が好きでたまらないのに仲間(と彼のほうだけは思ってる)の芸術家たちと同じ土俵に立てない、その事実に彼自身だけが気付けていないという才能の残酷さ。
スーラが、唯一お金を稼げる絵描き、みなより一歩上に立っているはずなのに、ある日ゴッホの絵を見て、その才能に打ちのめされる。こちらは、芸術を理解できてしまった故の苦しみ。
数々の演劇レビューを書いてらっしゃるスキップさんのブログで、素晴らしい記事を書いてくださっていたのでリンクをはらせていただきました。すごい、読んでると大阪で見たときの思いがよみがえってきて涙出てくるもの。
「コンフィダント~絆」がどんな舞台だったかは、これでほんっとによくわかると思う。
地獄ごくらくdiary 「ゴーギャン ゴッホ スーラ par シュフネッケル」
あぁ、堀内敬子の歌声がまだ耳から離れない・・

一方、映画のほうは、理解できる・出来ないではなく、才能有りすぎるゆえの理解されない孤独を描きます。
そう孤独。映画のゴッホから常にあふれていたのは、狂気とセットの孤独。どっちが先かは鶏と卵ですが。
有名な耳をそぐシーン、映画にももちろんありますが、彼を打ちのめしたのは、唯一崇拝し理解しあえると思っていたゴーギャンとの別れ。
ゴッホの言動が決定的におかしくなったのは(映画では)ゴーギャンさえもゴッホの絵を理解してくれないと感じたから。
you don't like my painting.
この後、彼はゴーギャンを襲います。「行くな」(出ていくな)といいながら。

本当にキスしたのかどうかは知りませんが、彼のゴーギャンや弟テオへの依存の仕方は、このキスにこそ集約されるように感じられます。まるでDV夫だ

結局ゴッホは最後は自分の腹を撃ち抜いてしまうのですが、その辺も、病気による衝動だったのか、重圧だったのかはっきりさせることなく映画は終わります。
ヴィンセント兄ちゃんが大好きだったテオも後を追うように錯乱、入院、死、という道をたどります。血筋だったのか、弟も兄の絵を理解できるほどに真の芸術家でありすぎたからなのか、そのへんもよくわからず。
でも、一番不当な描かれ方をしているのは、実はテオの妻らしい。
兄からの手紙を愛おしそうに毎日読み続ける夫、「それ、今日の手紙?それとも前に来た手紙を読んでるの?」「そう、新しいの。よく時間があるわね、ちゃんと絵は描いてるんでしょうね」そんな妻として描かれてしまってます。
実際にゴッホからテオ宛の手紙は600通以上残っているそうで、メールや電話もない時代とはいえ、やはりこの兄弟間、妻ならずとも誰も割って入れやしない、という気がします。
少ない稼ぎからも兄への送金やめない夫との生活苦、赤ん坊の泣き声、苛立ち、
そんな部分ばかり描かれてしまっていますが、(じっさい生きるってそうだったとは思うのよ)でも、テオの死後もゴッホの絵を必死になって売り続けたのは、実はこのテオの妻だったらしい。映画にはまったくそんな気配は見られませんでしたけど。
彼女もまたゴッホの絵を愛していたのか、それとも自分の人生をこんな風にしてしまったものを無価値と決められない女の意地だったのか。

ゴッホのことは何もわからないまま観た映画でしたが、後であれこれ読むと、あぁそんな意味だったかと思いいたるシーンやセリフは多くあり。
ただ、わかったうえで見ると、今までサラッとしすぎてたなとおもっていたのがウソのように、ヴィンセントの孤独が辛くてつらくて見ていられなくなってしまいます。
終盤の「自然は完璧です」とゴッホが言うシーンでようやく思い至りました。そうか、世界は完璧さで彼を圧倒していたのか。
絵は彼なりの世界の愛し方だった。同じものを見ていても、彼の眼には他の人と違う輝きをもって見えていた。
世界は彼にはこんな風に見えてたんだな、と思いながらゴッホの絵を見ると、もしかするといままでわからなかったものの欠片が、すこしだけわかるのかもしれません。
関連記事

category: ちょいちょいティム・ロス

△top

コメント

 

ありがとうございます

柚子さま
「ゴッホ/謎の生涯」という映画のこんなステキなレビューの中で拙記事を
リンクしていただいて、ありがとうございました。
絵画方面にはまるっきり疎い私(笑)でも、ゴッホのエピソードはいろいろ
見聞きしますが、「コンフィダント・絆」に描かれていた4人の画家の物語は
フィクションだとしても本当に心に残りますね。
私も今でも ♪ゴーギャン ゴッホ スーラ パー シュフネッケル~ って
歌えますもの(笑)。

「ゴッホ/謎の生涯」は観たことがないのですが、柚子さんのレビューを
読ませていただいて、観てみたくなりました。重ねて、ありがとうございます。

スキップ #/F5vc.X6 | URL | 2012/11/15 08:57 | edit

>スキップ様

本当にありがとうございます。
記事を読ませていただいて、まるであの舞台を観た直後のような気分になりました。
以前やっていた別のブログで、自分がいかにスーラに肩入れして観ていたかを(中井貴一、よかったですよね)長々と書いたことがあるのですが、それをひっぱり出してきてもあの時の自分の気持ちは伝わらないと思い、勝手に紹介させていただきました。
スキップ様の記事のおかげでゴッホの「人間50年生きるとして・・」というセリフや、同時にBRAVA !のトイレの列がどんなに長かったかとかまですっかり思い出せました。

三谷さんは自分もモノを作る人間として、本人の努力とは関係なしに天から与えられてしまった才能の残酷さを描きたかったのでしょうか。
あの舞台は、客観的事実はそう多くはなかったと思いますが、真実、モノを作る人間が集まった時の人間の感情がいっぱい詰まっていたと思います。
あの舞台ではスーラやシュフネッケルが愛しくて愛しくて、天から一番才能を与えられていたゴッホに感情移入はあまりできなかったんですが、映画のほうではゴッホの認められない孤独が延々と続きました。
映画はモノを作る人間の感情を言葉にしたり深く掘り下げたりすることのないものでしたので、この舞台と両方観ておいてよかった。
あぁ、このお返事を書いてる間に、ルイーズを励ますために男4人が「大丈夫~♪」の歌を歌った時も泣いたな、ってことも思い出しました。
もう一度観たいですね。

シュフネッケルさんがゴッホの絵を修正した、ということを紹介しているブログです。私たちの知っているシュフネッケルさんなら、間違いなく人の好い善意での行為ですね。
http://blog.goo.ne.jp/t5754380/e/90a4b1b6fe6d30db6f4a6880eec067c3

柚子 #1Sembxyo | URL | 2012/11/15 12:58 | edit

柚子さま
ゴッホの絵の修正のエピソード、興味深く読ませていただきました。
「悪意ではなくあくまで善意による改変説をとりながらも断罪」って(笑)。
でも、このお話を読んでいると、あの舞台でのゴッホとシュフネッケルの
関係もあながちフィクションばかりではなかったのだろうと感じられます。
映画のゴッホはどちらかというと三好十郎さんの戯曲「炎の人」に近い
かなぁという印象です。この舞台で、市村正親さんのゴッホに対して
テオを演じていたのは今井朋彦さんでしたが、こちらもまた観たくなりました。

そうそう、BRAVA!のトイレの列、長いですよね(笑)。
私は大抵劇場を出て、お向かいのニューオータニに行っちゃいます。

スキップ #lvqA0.CE | URL | 2012/11/18 08:16 | edit

>スキップ様

お運びありがとうございます(^_^)
”善意であっても断罪”、気持ちはわからないくもないですよね。シュフネッケルさんには失礼な例えですが、話題になったフレスコのキリスト壁画おばーさんが無茶な修復、を思い出しちゃいました。あれが、おばーさんでなかったら、売れてなくても画家の端くれだったら、善意だろうと断固断罪したくなってしまうでしょう。
あのあと、DVD探し出してきて「コンフィダント」のほうを再見しました。やっぱり泣かされちゃいましたよ。あの4人が離れることになった決定打は、シュフネッケルさんがゴッホに言った「俺が画を教えてやるからさ」の一言だったんですよね。物語はフィクションであってもしっかり調べて作り上げられたものだったろうと改めて感じました。

三好十郎さんの「炎の人」は未見ですが、栗山民雄演出ものは、こまつ座でいくつか観ました。作・演出・演者、どこをとっても上質なものになったろうという香りがプンプンしますね。市村さんのゴッホ、迫真だったろうなぁ、そして今井さんがテオ!それ、想像しただけで可哀相です(笑)コンフィダントと両方ご覧になったんですね、それは比較するとまた面白いでしょうねぇ~。
多分、映画のほうはそんな上質なものじゃなかったと思うのですが、あまりに描写があっさりなもので、逆に余白でいろいろ勘ぐりたくなってしまったんだと思います。

そう、こまつ座で思い出した、新宿の紀伊国屋ホールもトイレには難儀しましたっけ、休憩中に戻れるかヒヤヒヤものでした。BRAVA!のトイレ、ニューオータニに行けばいいんですね、覚えておきます(笑)

柚子 #1Sembxyo | URL | 2012/11/18 20:18 | edit

>スキップ様へ 追伸

牧野エミさん、残念なことでしたね。ご病気だったのを存じ上げなかったので驚きました。

柚子 #1Sembxyo | URL | 2012/11/18 20:33 | edit

ゴッホの書いた手紙の文面を読むとテム版ゴッホほど不器用で無口だったとは思えない…との部分について、なのですが…

不器用で友達作るの苦手だったから、あんなに手紙で饒舌なんだ、と私は思いました。(テム版ゴッホ見てから、ゴッホについて詳しく知って行ったほうなんですが)弟以上に腹を割って話せる相手を作れなかった人なんじゃないですかねぇ…想像にすぎないんですがね。

あ、それと無口だったからこそ、手紙で饒舌なんじゃないですかね?!それも思いました。口頭で臨機応変にものをサクサク言えるタイプじゃなくて、悶々考えたものを字に書くほうが好きだったんじゃないでしょうか。ゴッホ書簡集を読んだ事もないのですが、もしかすると饒舌なのは絵についてだけ、って人なのかも。弟への手紙って絵の事ばっかり書いてるんじゃないかしら。(絵のための絵の具を買う金の無心、が基本の話題で。笑 あとは貰った金の使い道と、どんな絵を描いてるか、どんな絵を描く予定か、とかそんな報告ばっかりっぽいような…)

『絵』の話題だったら果てしなくできるんだけど、それ以外は興味なしなので、話せない。今で言うと単なる『絵オタク』って一言で済まされちゃうタイプなような気もします笑 私も『映画』『好きな役者』の話題で似たようなタイプなのでついそう思っちゃうのかもしれませんけどね…。人生かけて熱中してるものがある人は、他の話題に淡白すぎますからね…(+_+) ゴッホも、同好の人たち相手でない限り、自分は疎まれるタイプなのを自覚してたのかもしれません。

コンフィダント、友人が録画してくれたものがあるので、見たいと思いながらまだ見れていません。柚子さんの観劇記録としてもこの記事、重宝いたします!

暗黒シス子 #- | URL | 2014/06/10 04:22 | edit

> 暗黒シス子さん 手紙について

古い記事にたくさんのコメントありがとうございます。お返事が遅くなりましたが、その間もありがたく何度も読ませていただきました。
私自身、記事の中に何を書いたのか忘れているところもあったりで(・_・;)この時になぜそう感じたのか思い出せるものもあれば、この2年弱で発酵熟成して変化したものもあれば、のような気がします。

まず、手紙についてなのですが、どのサイトでどの手紙を読んだのかをはっきり記憶記録しているわけではないので、もしかしらた違うかも、どうかしら、と思いつつ、でスミマセン。
たぶんこのサイトhttp://www.artmuseum.gallery-aoki.com/goghnotegamitop.htmlも参考にしたと思います・・・・・・・たぶん・・・たぶん・・・(^_^;)
で、今日も読み返して思ったんですが、やっぱり映画とはちょっとイメージがはなれるかな、という印象です。
シス子さんのおっしゃるように、平生、思うことを思うように伝えきれない人だからこそ、ということは私もあると思うんです。なので、私も映画のヴィンセント見てると、弟への手紙とか何枚にもわたってみっちり絵について語り倒してそうなイメージだったんですよ。
でも、わりとあっさりしてる。少なくとも絵についてくらいもっと手紙の中ではもう少し饒舌に、もっと情熱を傾けて滔々と語っていてほしい、と、そんなイメージを持ちつつだったのに、意外と絵についてのことすら淡泊(あくまで、このサイトの載ってる書簡では、ですが)
さらに、映画のヴィンセントなら絶対にやらないであろう、自分の状況を客観視し、それをちゃんと「こんなじゃだめだよな、オレ、わかってんだよ、ごめんな」みたいなことを、心の中だけで思うどころか、弟に伝えようとする姿勢が垣間見える!しかもそれが"さらっと"だ!驚愕です。映画のヴィンセントだって自分の状況はわかってたと思うんです、でもそれを口にだけはださない、シス子さんのおっしゃる通り逆に痛いとこつかれたらキャンキャン吠えちゃう・・・別コメへの返信みたいになっちゃってますけど、ここでレザボアが出てくるとはなぁ、シス子さんさすがです(笑)
日常の、些末なことにも目は行ってるし、見えてるだけじゃなくそこに言及する姿勢。
ふつーーーの会話、普通の兄弟間の手紙。・・・この場合の普通とは、狂気かどうかをさそうとしているつもりはなくて、、いや、、書いたころはそんなつもりがあったかな、どうかな。。。ともかく、とても自然な手紙に思えます。
芸術以外のことは目に入らない、または芸術以外のことに煩わされることを極端に嫌いそうな映画のヴィンセントに対し、手紙のヴィンセントは芸術以外のことも見えているし、見えているよ、と伝えることもできるし、それを拒絶してもないように見える。
世間から求められている自分の在り方と自分の理想とする姿とのズレを嘆くならまだわかる、でも彼が時々気鬱になると告白するのは、「35にもなってこんな有様」だなんていう自分の現実。 そこにあるのは他者の目か、もしくは自分のなかのイメージか。どちらにせよなんてふつーのヒトの感覚なんでしょう。
そんなことに自然に言及しているところがとても"大人な人"にみえて、それで「そんなに無口なようにも不器用にも思えない」と感じたのかもしれません。 もう少し、自分の中だけで完結しちゃってる、世間とは感覚のズレた、もう少し子供じみた人を想像していたので。

『コンフィダント』、三谷作品はわりと数多く見たほうだと思うのですが、これは中でもかなり好きな作品です。もしかしたらDVDを一番繰り返し見たのはこれかも。
三谷さんの作品は特に遠征してまでみる、ってほどでもなかったはずなのに、なぜかこれは大阪まで泊まりで行って、続けて2公演観て帰ったんですよね。
なんでそんなことをすることになったのかもう記憶にないのですが、泊まりも新幹線代も惜しいとは思わなかった、という記憶があります。
同じ世界に属する者同士だけのつながり、仲間の才能への憧れ、嫉妬、焦り、渇望・・ 、同じ世界を見ることができない人との避けられない溝。
私のようなものが見てもグッとくるところもある作品なので、もの創りをされるシス子さんからみたら、もっと感情移入しどころが多いのではないでしょうか。
音楽も素敵だし、全体的によくまとまって練られた作品だと思いますので、お時間がありましたらぜひ。

柚子☆シス子さんへ★ #1Sembxyo | URL | 2014/06/17 10:14 | edit

コンフィダント、改めてオススメして下さってありがとうございます!ビデオデッキが壊れる前になんとか必ず見たいと思ってます!ゴッホがらみなだけに、東京か大阪まで出かけて見ようか、と上映当時はかなり本気で考えていたのですよ〜三谷作品は嫌いじゃないですから!!一度も三谷劇を見た事がないので、初鑑賞にぴったりな題材だし!とも思ったんですよね〜ゴッホだから!(←しつこい笑)

結局お金と暇の問題でやめちゃったのでした。残念ですがせっかく友人が録ってくれたというのに見ていない我が身が情けないです;

こちらこそ昔の記事なのにずけずけ長々と書いてしまってすみませんでした。御丁寧すぎるほどの返信を頂き、恐縮とともに感謝しております。

『私も映画のヴィンセント見てると、弟への手紙とか何枚にもわたってみっちり絵について語り倒してそうなイメージだった』とのことなのですが…私、書簡集(本)こそ読んだことはありませんが、ゴッホ展で掲示されてた手紙なら見てまして…まさに柚子さんが予想した通りの書きっぷりだったという記憶があるんですよ。だから柚子さん、当たってますよ!

なるほどリンクして下さった日本語訳のページだけを見るとそんな印象は持てないかもしれませんが、海外では本にして5冊にもなる『全書簡集』が出てますし(しかも各国版で!)…著作権フリーってことで(?)下記の英語サイトで全文読めるようにすらなってるんです。
http://www.vangoghletters.org/vg/
それに下記の英語サイトでは、『誰から誰宛』に分け、さらに『いつの時代』に分けて手紙を全文読めるようにしてくれています(これは便利!柚子さんのお陰でこんなサイトを見つけちゃえて嬉しいです)
http://www.vggallery.com/letters/main.htm

日本語訳のサイトの手紙を見ると、確かに淡白にすら見えるものもありますが、1日に3通とか書いちゃう人なので、そんな中でも短文で淡白なものが集めてある、という感じです。ごっつく、グタグタねちねち書いてるものは書いているんですよ〜。でも、柚子さんが受けた印象…「大人」で「常識人」っぽいヴィンセント、ってのは確かに間違ってないと思います。そういう面もあの人、あると私も思いますので。ただそういう内容のものもあると同時に、絵のことを情熱的に語りまくってる内容のものもあって、それが全部1日に書かれたものだって考えた時、初めて『ちょっと普通のノリじゃないかも』と思えてくる、って感じなんです。

ファナティック(fanatic←「fan=ファン」の語源) な人って、冷静に自分を観察する目を持ちつつ、己の執着を(分かってても)捨て切れないって人なんじゃないでしょうかね…。手紙文では冷静に見えても、それはあくまでも文面だけの外面(そとづら)かも…弟にそれなりに心配させたくないという兄心が働いたのかも。映画のヴィンセントを見てるとそんな心の余裕があるようには見えないかもしれませんが…(笑)←ノーカット版を見たら印象変わるかも?!

暗黒シス子 #- | URL | 2014/06/18 01:40 | edit

>暗黒シス子さん 手紙について

ゴッホの手紙のサイト、ありがとうございます!!!すごい!便利!!でも・・・え・・・・英語だ・・・・(・_・;)
まだ読んだボリュームは少しなんですが(スミマセン)、でも翻訳されたものとはたしかに随分と印象が違います。おとなな常識人でもあり、でもそれ以上に、なんか、かわいい!!です!文面読むときに、映画版ヴィンセントの顔が頭に浮かんじゃって、それでついカワイイとか思ってしまう効果もあると思いますが(笑)でも、とっても素直な人なんですね。そして・・やっぱ書いてますね、長々と。イメージ通りな部分もあってちょっとホッとしました(笑)

ノーカット版、観なくっちゃだめですね、という気にさらになってきました。買うことは間違いないんですが、映画版ですら辛くてを見終えることができてないので、なんとなく・・・。(PALだし・・英語だし・・・←しつこい)


舞台の三谷さんの作品の中ではコンフィダントが一押し間違いなしなんですが、それも「ゴッホ」に思い入れてみると、ちょっとダメかも(^_^;)(どっちなんだ)
4人の中で一番不当に扱われているのはゴッホなんです。なので、こんな役回り、ゴッホが可哀相・・と思っちゃうかも。でも冷静に見ると、彼にはそんな部分も確かにあったろうなぁ・・とも思うし。いやはや、ネタバレしないで伝えるのが難しいので、やっぱ一度見ていただいてからじゃないとお話しできませんけど。
三谷さんがモノづくりをする人だからこそなのかもしれません、どんなに苦悩してても、生きてる間は不遇だろうとも、結局は神様に愛されたんだからいいじゃないか、って気持ちがあったんじゃないかなぁ。モノ創りをする人がモノ創りをする人たちを描くのって、ちょっとした劇中劇の要素がはいってくるでしょうか。他のモチーフとは何かが違ってくる気がします。その辺も見どころかも。

柚子☆シス子さんへ★ #1Sembxyo | URL | 2014/06/22 01:35 | edit

おお、私もそういう見どころをあの劇には求めていますですよ!!(^^)

柚子さんはノーカット版ゴッホ、私はコンフィダント、ってことで宿題ですねお互い(笑)

ゴッホの映画版のほうは確かに見直すのがつらいと思います。私も二度目か三度目くらいがそうでした。四度目以降くらいからは、ただカワイイと思って見てる度が高くなってきて(←ひどい笑)…。でもやっぱりどんどん追い込まれて行くヴィンセントは気の毒で、つらいです。弟が目を離した時に事切れちゃう、って場面も毎回泣いてます(←泣き上戸でどうも…)。

ゴッホのノーカット版、なんとなくですが…ゆったりした流れになるので、ちょっとほのぼのするとこも増えるんですよ!私はだんぜんノーカット版を推します。なんか、全然違う映画(作品)に見えるって点で『海ピ』のイタリア版(ノーカット版)と酷似してます。いや、海ピ以上かも!

暗黒シス子 #- | URL | 2014/06/23 02:46 | edit

>暗黒シス子さん ゴッホDVD

200分ゴッホ、ついに注文しました。送料込でも日本円で2000円ちょい。やっぱ海外DVDは安いですよね。もうすでにイギリスを旅立ったらしいので10日ほどで着くかも。8月中旬から暇になるのでじっくり鑑賞します。
ほのぼのゆったりした流れのゴッホと思えるといいなぁ(^_^;)。今のままではつらすぎる・・あ、でも、字幕すらない英語だったんですっけ。それは、英語を理解することにも集中力をとられるし、理解できないかもしれないし(^_^;)思い入れすぎないためにそのくらいでちょうどいいかも(笑)
カワイイと思って見てる度が高くなる気、わかる気がします。ゴッホかわいいもん(笑)全部ティムのせいです。演技とはいえ、ゴッホの醸し出す可愛さって、やっぱティム本人の可愛さに近い気がしませんか?
そうでした。海ピも完全版を見てなかったんでした。原作読んだからもういいかなぁ・・・・。

コンフィダント、オクで落としたDVD届いたんで再度見て泣きました。毎回、思い入れポイント泣きポイントは違うんですけどね、そこが面白いところでもあります。でもやっぱ、ゴッホの役回りは損だよなぁと思ったり(笑)
私は、創作をする人間でないのでわからないのですが、モノづくりをする人にとって、作品素晴らしいこと自体が一番大切なことであって、その評価は自分が生きているうちになされるかどうかなんて関係なくって、その評価によって自分が幸せになることなんかは二の次、ということなんでしょうか。その辺の感覚がやっぱ理屈として理解することができても実感としてはわかない。なので、素晴らしい才能があっても生きているうちに報われなかったゴッホのことを可哀相だと思っちゃうんだと思うんです。
「生きてる間にどんなに辛くったって、あんたは結局才能に恵まれたんだから幸せだろう」
芝居の中にそう描かれているというわけではなくて、なんとなく、三谷さんの視点としてそんな思いがあるのかなぁ、と想像してしまうだけなのですが。やっぱ、自分の生み出したものへ評価は自分が生きているうちに欲しいわ、私なら(・_・;)
たとえば、私の仕事はいつもカッコイイ言い方をすればライブというか・・。
事前の準備はとっても地味でコツコツした作業ですが、本番はつねに目の前で成果が見えるわけです。
喋ってる瞬間瞬間手ごたえがしっかりあって、自分の言葉と自分の伝えたいことが相手に届いているかどうかは毎度毎度リアルタイムで自分にも返ってきて。で、もってアドレナリンがぐーーーっと出てくるのが自分でもわかって、そのエネルギーがまた聞いてくださる方からも返ってきて、という循環で一コマが終わる。終わった後の皆さんの顔を見て、ヨッシャ、と思ったり、改善の余地あり・・と反省したり。別に「よかったよ」と言葉で評価されなくてもでも自分で成果が分かる。別に、そこが上司や会社に認められなくても、自分の満足感はその場であるのでいいんです。
でも、芸術ってねぇ・・・。そーゆーわけにもいかないし。その場合、自分の気持ちの落としどころってどこなんだろう、と思うんです。絵を描いて、素晴らしい作品が描けたたとして、自分で満足感があって・・。評価はあればあったでいいけど、でも重要なのは作品の素晴らしさが一番だ、とわりきれるもんなんだろうか・・。目の前で手ごたえがない世界だからこそ、それで満足なんだろうか、と不思議に思っちゃいます。

柚子☆シス子さん★ #1Sembxyo | URL | 2014/07/08 17:28 | edit

そうですね〜(考えながら柚子さんコメント拝読)…私は『もの作り』というほど立派なことはできていないんですが、私の思う『芸術家』というのはおそらく、『自分が完全に満足できる作品というものが永遠に作り出せない人』『死ぬまでその「満足いく作品」を作ることを夢見て、挑戦し続け、それに生き甲斐(と生き地獄)を感じる人々』なんです。

私の習い事の先生が芸術系(絵ではありません)の人で、やっぱり『自分で満足しちゃったら、その人はそこまでで終わり』って言うんですよ。そして芸術に携わる限り、『謙遜の気持ちが大事』なんだ、とも。

ものづくりをする人にとって一番大切なことは『作品が素晴らしい事』だ、というのは、まあまあ当たってると思います(←あくまで私の感覚です〜〜)。ただあえて正確に言うなら『自分が目指すものにどこまで近づけているか』が一番大切なこと、ですかね。そもそも素晴らしいものを作ろうとして作り始めても、どこまで想定通りに素晴らしいものに出来るのか、という自分の力量への挑戦、それが「(芸術的な)ものづくり」だと思います。

で、自分個人が思ってる「素晴らしいもの」ってのを周囲の人(世間)が同じように「素晴らしいもの」って思っているかどうか、ってのがまず保証がないんですね(笑)。さらに、作ったものが<自分の力量不足のせい>で世間の人に自分が思うように『素晴らしいもの」って思ってもらえないのか、<そもそも自分の感性と周囲の感性が異なってるから>「素晴らしいもの」って思ってもらえないのか、そのどっちなのかが判明しないんですよ。特に作り手側からの目では。時代が変わると急に捨てられる作品もあれば、急に理解されもてはやされる作品もあったりしますし。そういう事を考えると、作り手側は、ひたすら自分(の感性)を信じて、自分の理想(の美=素晴らしいもの)をこの世に形あるものとして創造することに邁進するほか、ないんです。

だから生きてるうちに世間に評価されるかどうか、というのが二の次になる、のは確かだと思います。世間に評価されたい、食って行きたい、っていうのが第一目的で芸術に取り組む人なんていないんじゃないかな…。たまたま自分が思う美を世間も認めてくれた、しかも認めさせる力量も自分にあった、その二つが証明されるだけなんですよ、『生きてるうちに認められた芸術家』というのは。芸術家にとっての幸せって、それぞれだとも思います。自分が思う「いいもの」への挑戦作業そのものに快感(幸せ)を得る人もいれば、完成品がどこまで理想に近いか、その具合で幸せを感じる人もいるだろうし。その両方ともに幸せを感じる人もいるだろうし。

でもたぶん、『満足』する作品ができた、って思う作り手はいません。ある作曲家がインタビューで「自作で一番好きなものは?」と訊かれて「次に作るもの(もしくは「最新作」)」と答えた、という有名な話があるように、作り手は常に理想の一作を追い求める者なんです。満足した人はもう、作り手じゃないんです。(長いのでいったん送信します)

暗黒シス子 #- | URL | 2014/07/15 05:20 | edit

柚子さんは人間相手のライブな「(見えない)もの作り」なので、ちょっと違うかもしれません…柚子さんが作り出すものは、対峙する個々の人々の脳内にしか存在しないので、第三者(ことによると柚子さんや、本人その人にすら)捉え切れない「もの」なんじゃないでしょうか。

言い換えると「分かった!」と言いつつ分かってないかもしれない・『あ、この人分かったんだ』と柚子さんが思っても間違ってるかもしれない・第三者が見て『この人分かったんだ』と思っても違ってるかもしれない…という。だから三次元的な物質としての「もの」が存在して、それが壊れるまで未来永劫、いろんな人に評価されるっていう性質のものではないんですよね。まさに柚子さんがおっしゃる通り『ライブ』ですね!

作曲した人がライブする、って場合の作曲品そのものの出来と、ライブの出来はそれぞれ評価(も価値も)が違う(かもしれない)ってことだな、と。その場限りにしか存在しない、一期一会で二度と全く同じものは発生しない、そういう「もの作り」ですよね…。そこでは確かに、歴然とした『結果(成果)』が作り手に受け取れます…即作り・即完成、のような厳しさがありますね〜ただ同時に、即結果独特のパワーも受け取れて、即(作り手が)成長(改善)、って事もできるところは、最後までねちねち粘って完成品を世に出したら、二度と変更できない『ライブじゃない作り手』にとって羨ましいポイントかもしれません。

ちょっと脱線しますが、映画で最近すぐ『ディレクターズカット』だの『完全版』だの言って、アカデミー編集賞すら受けたような素晴らしい映画を冗長なロング版にしたり、短縮したりするでしょ。「発表された芸術品をいじるのは邪道ではないのか」という論争を引き起こしています。その例えとして「じゃあダビンチが『モナリザ』は自分には不満足な出来だから描き換える」と言い出したら、それは認められるのか?という問題だ、と言われています。私は一度世に出したなら、そのオリジナルをいじって欲しくないほうです…せめていじったものと同様に保存してほしい。無かったことにしてほしくないです;(泣) 閑話休題でした;

200分ゴッホ、購入おめでとうございます!\(^o^)/

暗黒シス子 #- | URL | 2014/07/15 05:44 | edit

>暗黒シス子さん 芸術家について

面倒な話題ふっちゃってすみません。
そしていつもきちんと向き合ってくださってありがとうございます。よそでこんなお話なかなかしてくれる人に会えないのでふかーーーく感謝感謝です。

「満足したら終わり」は芸術じゃないですが仕事中にたしかに感じます。いったん「これ完璧やん」って思っても、思わぬところに改善点があったりするし、つくづく終わりはないんだなぁ・・と思うんです、んがっ、でもやっぱりゴールはなくとも、少なくとも拙くはなかったとか、自分の中での及第点みたいなのがないまま続けるのってしんどそう。自己肯定感ないまま生きるなんて辛い・・(・_・;)とか、、、甘いこと言ってる人間は結局そこそこ普通に生きてそこそこ普通のものしか残せないんだろうなぁ・・。芸術を追及する人の生き様は尊敬しますが、とてもじゃないけど真似できないわ。
結局「完璧なもの」があらかじめ見えてるかどうか、なのかもしれませんね、と、今書きながら思いつきました。私には完璧像が見えないから「とりあえず今の出来」で満足感が得られるけど、才能のある芸術家には既に完璧像が見えてるんだろうなぁ、だからそこに少しでも近づこうとしてもがくんのでしょう。ゴッホの感想にも書きましたが、彼にとって神の創りたもうたこの世界は完璧で、彼にはそれが見えていて、そしてそれを絵に表現したかった。

柚子☆シス子さん★ #1Sembxyo | URL | 2014/07/25 00:54 | edit

>暗黒シス子さん ディレクターズ・カット版と、なぜかマイケルについてもちょっと

>最後までねちねち粘って完成品を世に出したら、二度と変更できない『ライブじゃない作り手』にとって羨ましいポイントかもしれません。
あぁ!!ポン!(膝打つ音)
だから私は映像作りってこわい、って思うのかぁ~~、納得。確かに毎回一期一会なんですが、それでも自分のなかではいつも「次はこうしよう」って思える余地(相手は日々変わるので本当はこれは逃げとも言えますが)があるという事態に慣れているから。だから何年かたって「あーー、しまったなぁ、ここは違ったよなぁ」なんて自分で思ってしまうかもしれないものが、もう自分では手をくわえられない状態で自分の名前付きでどこまでも広がっていくなんて事態は耐えられない、と感じてしまうのかも。だから、映画見るときに採点が甘いというか、ついあれこれ脳内補完してかばおうとするのかも(笑)

ディレクターズカット版、最近本当に多いですよね。特にそのことについて何か感じたことはなかったんですが、確かに元の作品を愛しているものにとっては、それが違う形で同じ名前で出されることには哀しさを覚えるかもしれません。
そういや私、さっきツタヤで「ブレードランナー」の(完全版)なるものを借りてきました。最初のやつを見たのがもう大昔なのでどんな話だったかすらあまり覚えてない状態なので違いを確認することすらできないと思いますが(・_・;)

もしダヴィンチが生きていたら・・・、、、うーーん、難しい問題ですね。でも、不本意だと言うなら私はやっぱり描き直させてあげたいです。今の状態のものも残してほしいとは思います。でも、、完璧を目指す芸術家にはそれは許せないことだろうな。
私もちょっと横にそれますが、、Michael Jackson好きなんです。で、今年になって彼のアルバムがまた出たじゃないですか。もう聞けないと思っていた彼の歌う別の曲が聞けるという喜びはわかるんですが、彼の了承なしにMichael Jacksonのアルバムとして世に出されることにやはり抵抗を感じます。いつまでも忘れられない存在でいてほしいという思いもありつつ、彼の意思がないがしろにされてるような気がして・・・。


200分版ゴッホ、届きました!!ただ・・・肝心のPALが再生できる私のデッキが夫の病室でして(一番小さくて運びやすかったので。新しくUPした病室の写真に写ってます。あの青い光を放つアイツをLAに持参するかどうか悩んだのでした・・あぁ、今となっては懐かしい思い出(笑)バースデーパーティ、geffenのカレンダーに入ってくる気配がないですね、、シュン・・)

デッキが帰ってきたら見ます!!!

柚子☆シス子さん★ #1Sembxyo | URL | 2014/07/25 01:23 | edit

△top

コメントの投稿

 

Secret

△top

トラックバック

 

トラックバックURL
→http://forest0319.blog.fc2.com/tb.php/171-b4bf8d6b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

△top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。