Forest ~ジェイク・ウェバー好き~





海外ドラマ『Medium』でジョー(ジェイク・ウェバー)にはまりました。

ちょいちょいティム・ロスやスタートレックも。
いいとしして急に思いついて始めたばかりの初級英語学習についても
ポツポツ呟きます。

またまた「Vincent and Teo」病む恐怖 

 

まだ引きずってます、「ゴッホ 謎の生涯」
以前書いたレビュー、こちらからお読みください

正直、そんな強烈な映画のはずじゃなかったんですが、ゴッホについてあれこれ読んで、三谷幸喜の(コンフィダント~絆)と比べるうちに、だんだん自分の中で熟成・発酵してきてしまっています。
三谷幸喜の舞台(コンフィダント~絆)では思いっきり内面を描いていたのに対し、映画版はあえて事実を並べるだけでいっさい掘り下げてません。
その分、内なる感情は役者の演技だけでみせることになります。

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予告篇でも印象的な、ヴィンセントがアブサンを口に含み、にへっと笑って口の端からダラダラ流すシーン。

この直前に、ヴィンセントにとっては最後通牒のようなゴーギャンのセリフがあるんです。

=(背景)この辺は、映画を見たのちにざっくり調べて分かったことですが=
ゴーギャンやゴッホって印象派の時代の画家なんですね。印象派というのは、それまでの写実主義と比べてイメージを膨らませて絵をかくのですね。で、ゴーギャンはイメージを膨らませて描く、というのがとても得意だった。ゴッホは印象派といえども自分の目に見えたままを描くタイプ。で、自分にないものを持っているゴーギャンに強くひかれたわけですが、やはり自分のやり方と違う描き方をするうちにだんだん摩耗してきた・・らしい。(背景終わり)=

映画では、ヴィンセントがジャガイモを料理しているところにゴーギャンが入ってきて、それをゴミ箱に捨ててしまいます。料理ってのはこうやるんだ、と手際よく彩りよく作るんですね。「料理も絵も一緒だ、イメージが大事なんだ」と。
ゴーギャンは、お前の料理を嫌っているだけで絵のことを言っているのではない、と言いますが、
(料理も絵も一緒って言った・・・そしてゴーギャンはゴッホの料理(絵)をごみとして捨てた・・)
この( )の中の部分を表しているのが、あの口からダラ~~のアブサン。
背景がわかっていないと伝わりにくい、でもわかってみてみれば、どれだけゴッホが絶望したのかよくわかる。

あのときの、笑っているように見える顔が、ゴッホの狂気を際立たせるわけですが、ゴッホのあれこれを読んだ後では、本当に病んでいるだけ・・・なのかな?と疑問に思うのです。

人って、感情が大きく揺れたとき、針が振り切れている自分と、それを冷静に見ている自分がいませんか?
わたしは、います。「あ、今私めっちゃ怒ってる」とか「めっちゃ泣いてるで、オイ。化粧落ちるんじゃね?」とか思ってる自分。
ヴィンセントもそんな状態だったんじゃないかな。アブサンを口に含んで、飲み込む気になれなくて、端から垂らしてみたら、その感触が思ってた以上に面白かった、「おれ、今口からダラダラたらしてるで、オイ」って感じ。
すごくわかる気がするんです(・・・わたしもアブナイ・・・?(^_^;))

コンフィダント~絆のインタビューでも、ゴーギャン役の寺脇康文が、「三谷作品は怒りを吐き出す場面でも、ギャグを織り込んでくる」と言っています。
それを受けた三谷幸喜は「ふざけているわけではなくて、人間は悲しみや苦しみがぎりぎりまで来ると、おかしみとなる。それを表現したいのだ」と答えます。
たしかに、人って極限まで来るとなぜかオカシイ。
ファザコンだファザコンだ、とここにきて公言しまくってる私ですが、10年前父が亡くなった後は本当に多少ちょっと変でした。
というのも、私の仕事は父を知っていた人によく会う職場なんですね。仕事中にもあっちこっちでクライアントから「お父さんにはお世話になったんです、本当にいい人でした」とよく言われる、今でも私と父の関係を後から知った人から(結婚して姓が変わってるので気が付かなかったですーー、と。)そう声をかけていただきます。今では、まだ父を覚えてそうおっしゃってくださることに感謝しつつ、穏やかに話すことができます。
が、父が亡くなって3年くらいまでは「お父さん亡くなったんですって?」と言われると、つい笑ってしまっていました。いや、ケタケタと笑い出すわけじゃないんですが、父の話題になった途端に激しく動悸がしてしまって、感情の落としどころがなくて、なぜか笑いながらじゃないと闘病のこととか経緯の話ができなかったんです。
そんなに不自然なほどではなかった、と今では思いたいのですが、中には笑いながら親の死の話をするなんて・・と不自然にも、不謹慎にも思った人もいるかもしれません。
ティムさんの、ここの演技ってそれとほんっとに同じじゃないかな、と思うわけです。
で、こんな状態って確かに多少おかしいのかもしれないが、果たして本当に狂っていると言えるのかな、とも。

ゴッホは以前から社会にも家庭内にも適応出来なかったわけで、そんな面は確実にあったのだろうし、舞台のほうではゴッホがゴーギャンに「俺は性欲が強すぎるんだ、絵が描けないのは、性欲のせいなのかもしれない」と相談するシーンがあり、映画のほうでも、療養中に医者に「性的な夢をみる」と告白するシーンがあったりで、多少なりと不安定な気質を自覚していたフシもみられるようですが・・でも、思っちゃうんでよね。彼は・・・・怖かったのかもしれない、自分で。自分が人からどんなふうに見られているのか(実際に手紙の中にはそのような記述があるようです)、このまま壊れてしまうのか、自分で自分が怖い、そんな状態。

ヴィンセントは、このアブサン口からダラ~のあと、部屋の壁にこう書きます。
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I AM THE HOLY SPIRIT
I AM WHOLE IN SPIRIT

「俺は、精霊だ。精神は完全だ(病んではいない)」

自分を精霊というあたり本当に病んでいないのか?と突っ込まれそうですが、元が熱心なキリスト教信者であり、絵をかくのも一種の信仰の証としていたゴッホなので、そんなこともある・・かな(どうかな)
日本語に訳しちゃうと分かりにくいですが、口に出して読んでみるとよくわかる、
アイ アム ホーリー スピリット
アイ アム ホールイン スピリット
ものすごくオシャレに韻を踏んでるじゃないですか。
これ、狂ってますか?言動からはそう見えなくとも、内面はとても冷静じゃないですか?

この大文字で壁にデカデカと書くという行為そのものは、彼の自分の内なる狂気への恐れとそれを追い出そうとする悲鳴のようなものにも見えます。
そんな風に私は感じました・・・というのも、あれこれ背景を読んだ後、ですけどね。
壁に書いた文字だけでそこまで読み取れ、というのは、映画としては割とクールで不親切な部類に入るかもしれません。

銃で腹を撃ち抜く直前のヴィンセント。
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最後に、ゴーギャンとともにアルルに来てまだウキウキしていたこと、弟テオに向けた手紙の中から。
「アルルはまるで日本の夢のようだ。僕たちは日本の絵を愛し、その影響を受けている。印象派の画家はみなそうだ。それならどうして日本へ、つまり日本のような南仏へ行かずにおられようか」
お金がなくても北斎の絵を集め続けていた彼。同時に日本のことも愛していてくれてたのですね。

今まで全く興味のなかったゴッホの絵なのですが、これからは今までとは違う目で見ることができそうな気がしています。
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コメント

 

ティムさん、David Bowieならいい?いいんじゃないかなー(笑)
確かに歯は大いに直しているでしょうが、年齢による手入れが避け難くなった面も
あるんじゃないかな。新しく作る時に前みたいには作れないと思うし。

ざらっとした知識しか無いので、たのしく読ませてもらいました。ゴッホ的な葛藤だったり
クレイジーだったりは自分なりに消化しておけば、古典文学のように他の事柄の消化の
助けになるだろうなぁと改めて思いました。漱石のノイローゼみたいな、モチーフとして。
おもしろいね。おかしみ、人は愛おしいですね。

三谷さんの舞台も何度も録り逃した末に録画したのに、観ていないままというのが駄目
だわ。

あ き ら #dI6DO0LA | URL | 2012/11/17 14:31 | edit

>あきらさん

舞台を見たときには特に何かを調べようとか思わなかったんですが、映画はあまりにサクサクアッサリストーリーが流れたものですから何気なく関連ページ読んでましたら、あ、このシーンあった!あぁ、こんなわけだったのか、なんてことがたくさん出てきて面白くなっちゃったのでした。不親切映画の意外な効果。なるほど、もともとゴッホを研究してる人にだけ多少評価が高いのはこんなわけだったか、と
舞台のほう、もしかして三谷作品だからとちょっと腰が重い感じですか?私は、ほかに三谷さんの作品と比べるとかなり高評価です、ていうか何度も繰り返し観てる三谷さんの作品ってこれだけかも。堀内敬子さんの存在におうところも大きかったかな、さすが元四季!
舞台は努力で補えない才能の残酷さがメインテーマなので、才能に満ち溢れたゴッホには全く思い入れることなく見てしまったんですが、映画をみてから、そうか、才があったらあっただけ恵まれたと言えるものでもないか、とかようやく思い至りました・・遅い。
えぇ、なんにしても人は悲しいから愛しいです。そんな風に思うのも、年とった証拠なんでしょうね。

柚子 #1Sembxyo | URL | 2012/11/17 23:46 | edit

http://blog.livedoor.jp/sith_ko2/archives/51242915.html#more
この記事読まれてらっしゃるか分からないのですが、私が200分版ゴッホを英国あまぞんから買った時のものです。柚子さんにぜひこの、オリジナルバージョン(テレビ放送版)を見て頂きたいな、って御感想を読めば読むほど思ってしまって。まだ10ポンド弱で買えるようなので…もし気が向いたらぜひ!笑

日本版ゴッホは海ピ以上にカットされてまして…しかも海ピは少なくとも映画なのですが、ゴッホのほうは元はといえばテレビ用作品!それを海外では監督のアルトマンさんが著名な映画監督だったせいか、カットして『映画』として公開しちゃったのです。今のようにネットとテレビが多機能多チャンネルになるよりずっと前のことなので、仕方ないといえば仕方ないんですが…。それにしても1時間カットって…。

私も柚子さんが初めてゴッホを見た時と同様に、『え、これだけなの?』という物足りなさというか…描写の全てが見る人に対して不親切(笑)な印象が大きかったんですよ。しかも苦労してその後手に入れたパンフ見たら、『こんな場面見てない!』って写真があるわ、評論の1つに『そんな場面無かったよ!』って場面を語ってる部分があったりと…(←これはおそらく評論家向け試写ではカット前バージョンを見る事が出来たって事かと思われます。私、ナイナイで『素肌の涙』のマスコミ試写見せてもらったことがありまして、その時のフィルムの焼きのほうが、その後の一般公開版よりも『明るかった』って事実を体験しましたから…マスコミから出る批評と、一般公開したものを見た人の感想がずれるのって、そういうワケだったのか!と納得しまくりでした。ひどい話っす)

ちなみにその、評論に書かれていた『無い場面』というのは、ゴッホが父の葬儀にふらりっと立ち寄るみたいに現れて、棺の中の父親にキスをしてさっさと帰ってゆく、という… ひじょおおおおおおおおおおに重要!!!!!な感じの場面なんです!そう思いませんか柚子さん!(どん!←机を殴った音。笑) 評論は、その父へのキスをもっと後でのゴーギャンへのキスを比較して論じていたんですよ?(=あれはゲイ的なものではなく、ファザコン的なものであろう、という論調)

私のようなホモネタ大好き女から見ても美味しい場面ではありますが、いろいろな深い意味を考え込める場面ですし、輸入版LDについてたメイキング(200分版DVDにはこのLDおまけのメイキングすら、長いバージョンで収録されています!!)でアルトマンが『まさかあそこでティムがこういう演技に出るとは』って語ってまして、あのキスは監督の演出ではなくテムの即興だと分かるようにもなっていて、ますます味わい深い…意味深な…重要な場面だと思うんですよ。だからこそ、200分版でのパパへのキス場面を大勢の人に見てもらいたい!ゴッホのファザコン部分をもともとはちゃんと描いていたんだ、って長尺版を見るとホッとするほどです。

長文なのでいったん送信します(^^)

暗黒シス子 #- | URL | 2014/06/10 04:49 | edit

三谷さんが喜劇作家として、悲劇の中におかしみがある、って事を語ってるのは私もエッセイかなにかで読んで、そうそう!と思いました。レザボアドッグズも同じだから!って笑。悲劇って突き抜けると喜劇になっちゃうんですよね。だからレザボアの八方ふさがりでどうにもならないもの凄く深刻な状況(リアルタイムでオレンジが出血している映画ですから…←ご存知でした?あれ、100分の上映時間=倉庫で流れてる時間、なんですよ。合間合間にそれぞれのキャラの過去に場面が飛びますが、流れている時間は、リアルタイムと同じなんです)の中で、キャンキャン吠え合ってる会話が、ヒステリックを通り越して可笑しいんですよね。特に画面の中で起こってる出来事に関われない・関わらなくて済む安全地帯の第三者の目には(笑)。

柚子さんと同じようなつらい過去を経験したことのない私ですが、ご指摘の『自分を外から冷静に見る感覚』が『針を振り切っている精神状態の自分』と同時進行で存在する、ってのは絶対ありだと思っています。

ゴッホが狂ってる、ってとこをとても愛している一般の方々(←自分は一般じゃないのか、というツッコミ歓迎です…私の自覚では私は変人なので…多数派じゃない=非一般、てことで)は、何かとゴッホの狂気部分を探してはこれだこれだ、と喜ぶ感じがするんですが…柚子さんが『そんなに狂ってる?』って書いて下さってて溜飲が下がりました。

1990年代に東京の例のひまわりの絵を超高額で入手して有名な某会社で、6年に渡って毎年ゴッホ展が開催されてた時に、後半の4年つきあったんですが、その時に、カップルで来た男性のほうが『星月夜』の絵のグルグルっぷりを見て『くるってるくるってる(喜)』とそれは嬉しそうに言っていたのが忘れられないんです。あのー、くるってなかったら見る価値ないんですか、ってつい内心ツッコミしちゃって(笑)

あの口からダラー、の場面ってなんのフォローもないので、ホントに見てる人が好きなように解釈できる演技をテムはしてると思うんですが(で、あの演技したテムと、それを良しとした監督はすげえ、って思ったんですが)…なんなんでしょうね〜言葉にしにくいですよね、あの感じ。あの場面のあの感じ。一生懸命ヘタなりに(笑)料理頑張ってる感じのゴッホだったのに、横入りして、ああいう簡単でオシャレっぽいけどあんまり食べでのなさそーな料理作っちゃうゴーギャン。

あのダラー、の瞬間に『あーこいつ、譲る気無いんだな、俺はこれだけ譲って(←例えばゴーギャンの提案する「イメージで絵を描く」努力とか)るのに、こいつは自分をいっさい曲げる気無いんだな』って思ったのかな〜と。世間ではなにかと『我の強い二人はすぐに衝突して共同生活は破綻』と表現されるこのアルルの二人暮らしなんですけど、ゴッホが夢見たのは『複数の画家達が集うユートピア』みたいなものだった、だとか、一人だけ来てくれることになったゴーギャンのお部屋を『新婚の妻を迎えるかのように』用意した(←自分で描いた絵で壁飾ったり笑)、とか後で知ると、ますますあの料理場面の決裂があわれなものに…。

たとえばあのダラーを見せることで、ゴーギャンがいかに『自分の方を見て話していないか』ってのが画面からバンバン伝わってきません?ふつーなら「なんだよお前、ばっちいなー」って人の顔見て話す人だったら言うと思う状況だと思うんです。ゴーギャンは自分を見ていない。勝手に話して、勝手に仕上げて、勝手に食ってる。(しかもその料理材料を買う金は全部ゴッホ弟からの仕送り!笑←これ映画では描いてませんけどね;)そういう「断絶」とかゴッホの孤独が、食い物とかお酒とかってもので表現された名場面なような気がします。 (長いと思うのでまたここで送信)

暗黒シス子 #- | URL | 2014/06/10 05:24 | edit

>I AM THE HOLY SPIRIT
I AM WHOLE IN SPIRIT
「俺は、精霊だ。精神は完全だ(病んではいない)」

>自分を精霊というあたり本当に病んでいないのか?と突っ込まれそうですが、元が熱心なキリスト教信者であり、絵をかくのも一種の信仰の証としていたゴッホなので、そんなこともある・・かな(どうかな)

柚子さんの『ものすごくオシャレに韻を踏んでる』に大ウケでした。まさにまさに!(拍手)

これ、字幕訳だとそう表示されてた覚えが私にもあるんですが、英語だけ見るともーちょっと違うニュアンスも受け取れると思います。『俺は聖なる魂の持ち主だ 俺の精神に欠けているところはない』とも取れると思うんです。悪霊のことをevil spiritと言いますので、『俺は悪霊じゃない、聖人のほうだ』って意味合いすら感じとれます。

映画に描かれてないので、柚子さんが1つ前の御感想で仰ってたようにゴッホ通とかゴッホ知らないと分からない&面白くない、っていうポイントかもしれませんが、ゴッホって最初はお父さんみたいに聖職者になろうとしたんですよ。でも、相当努力したんですが、どーーーしてもラテン語がダメだったんです(笑)。←不器用なんで笑

今でもそうかもしれませんが、ラテン語こそが神に話しかけるのにふさわしい言葉、とみなしてるキリスト教では、ラテン語できない=聖職者としては失格、なんだそうです。ヴィンセントもテオも、母国語のオランダ語はできるわ、画商として赴任した英国の英語はできるわ、その後滞在してたパリのフランス語はできるわ、で、1カ国語すら苦労している日本人からすればかなりのインテリなんですが、そんな頭脳ですらラテン語はダメだったんですよね〜。(言語習得の恐ろしいところです)

でゴッホの面白いところは『ラテン語ができないからなんだ。神の意志に従うのにラテン語なんか要らねえ!俺は聖職者になれなくっても神の意志通りにする!』つって、伝道者としてオランダの貧しい農村に赴任しまして、自分の着るものも食う物も農民達に譲っちゃうって暮らしをするんです。そしたらその熱意に農民達がどん引きしまして(←ひどい笑)、さらに本人も食うや食わずの生活で身体壊しまして、結局実家に戻る羽目に…。←不器用なんです笑

私はこういう、ゴッホの、建前とか慣習よりも物事の本質を大事にしようとする姿勢は大好きなんです。周囲をどん引きにさせる情熱と実行力も大好きなんです…恥ずかしながら共感します(同じレベルにまで純粋にはなれないんですけどね…ずっと世間ズレしてるんで)

だからテムゴッホでも描かれてる、モデルになってくれた娼婦とそのまま同棲しちゃう、って展開ってのは、当時の世間から見たら『汚らわしい』とか『エロ的下心』から出た行動にとられるんでしょうが、テムゴッホから伝わってくるのは、貧乏で孤独な娼婦への同情や共感なんだろうなっていう静けさなんですよね。(←ちなみにあの娼婦モデルで描いてた絵にはゴッホ自身がタイトルを書き込んでまして、その名もsorrow=悲しみ、なのです!)

ちょっと話が戻りますが、聖職者がダメ→伝道師ダメ→画商ダメ→画家になるしかない。ざっとこれがゴッホの職歴への挑戦シリーズです(笑)。最後のカードだった画家を、ど素人からスタートして10年。それで死にました。太く短く生き過ぎ(笑)。でも彼のような『激情家』はそういう風に生きるしかなかったのかも。 (またここで送信)

暗黒シス子 #- | URL | 2014/06/10 05:53 | edit

激情家、と書きましたが、およそ芸術家はみな激情家だと思います。そして皆…

>彼は・・・・怖かったのかもしれない、自分で。自分が人からどんなふうに見られているのか(実際に手紙の中にはそのような記述があるようです)、このまま壊れてしまうのか、自分で自分が怖い、そんな状態。

…と柚子さんが仰ってるような、世間とのズレ、激情家でない人たちとのズレを意識したり、無視したりしてると思います。物事の本質を突き詰めたがるゴッホのような人でないと、ひとつの事にひたすら打ち込む、って作業はできないと思うんですよね〜。

コンフィダントという劇ではゴッホの画才を、画才を持っていない他の画家との比較で描写しているようですが、『天才とは努力する才能である』という言葉があるように、10年間ひたすら突き詰めた結果があの絵になってて、『何事にも極端』という性格が普通の生活でどういう風に現れるかも描いてるのを見ちゃうと、「普通に生きる事を放棄した」代償として得た絵なんだな、とも思えます。だから他の人は生きられる(生きて行ける)。ゴッホは死ぬ。(弟が食わしてくれたから10年やれただけですし…)

自分で自分が怖いって実際思ってただろうし(←手紙でそう書いてるそうです)、いつてんかん発作が起こるか分からない不安の中で、超スピードで絵を仕上げる日々のつらさ(ゴーギャンと別れてからの後期の絵のタッチが乱れてるのは、狂ってるから、というよりも自分のコントロールが利かなくなる発作が出る前までに完成させようと必死だから慌てたタッチになってたと思ってます)、そして最終的にはテムゴッホにも出てきた、赤ん坊泣いて奥さんヒステリー起こしてる最悪のタイミングでパリの弟のアパートを尋ねる場面、のような事があったりして、いかに自分が無能な金食い虫なのかって痛感したあげくに自分で自分を始末しちゃう。これ、狂ってるっていうより、冷静な判断と絶望ですよね。もう俺、ここまでにしよう、っていう。

ゴッホの妙に器用なところ(笑)は、最後の自決で、ちゃんと急所を外して撃って、自力でテムゴッホのように住まいに帰って、丸一日生き延びてパリから弟が来るの待ってて(笑)、ちゃっかり弟に見取られて死ぬとこです。テムゴッホがレザボアみたいに腹から血をダラダラ流して帰ってくるところ、アルトマンの創作だと思ってたら、本当にああだったみたいで…マジかよ!と(笑)

後付けの知識も込みで、200分版も見て、思ったのは、やっぱり狂ってるっていうよりも『激情家の哀しさ』でした。激情な人を世間では狂ってる、ってみなすだけ。一般の物差しからはみ出る人の哀しさ、ですかね。アルトマンはゴッホの絵の良さ(是非)には触れずに、『はみ出る人(アウトサイダー)の哀しさ』を描いたんだと受け取っております。

なんだか好き放題書いちゃってすみませんでした。でも柚子さんのゴッホ感想が刺激的で…いや、責任転嫁したいのではなく、素晴らしかったということです!

最後に怪しい豆知識。テオの奥さんが尽力したお陰で、兄弟間の手紙は完全に保存されたらしいです。弟夫婦の子ヴィンセントも、絵や手紙の保存に尽力したようです。さらにこの奥さんこそが、弟の墓を後年、兄の隣に移設した人なんだってつい先月知りまして…ゴッホ存命中はどうなのか分かりませんが、死後の行動はいい事してると思いました。『花咲くアーモンドの樹』という弟夫婦の子の誕生祝いにゴッホが描いた絵があるんですが、これが大きな、物凄く美しい絵なんです。(ナマで見るまでその美が分からなかったんです。画集では絵が死んじゃってて)『ぐるぐる』じゃないんです(笑)。この美が、ゴッホと弟夫婦の関係性を『そんな悪いもんじゃないのかもな』と思わせてくれるんです…有名じゃない絵ですが、傑作なので一見の価値ありですよ〜とオススメして、おしまい!

暗黒シス子 #- | URL | 2014/06/10 06:37 | edit

あ、すみません書き忘れが…;

何事にも極端、っていうのがどう生活に影響するか、を描いたテムゴッホの場面は、あれです…パリで、もう沢山持ってるくせに浮世絵をさらに買った、って弟が怒るのに対してキャンキャン叫び返す場面です。

絵オタクですから、コレクターでない人には気持ちを分かってもらえないんですよね(笑)。しかもお金は弟の財布から出てるので、やましさもあって吠えるんですよね…ああ、イタイ…(←心当たりありすぎ笑)。あの場面、男のヒステリーが我慢ならない、とか慣れてない男性にも女性にも見ててつらい(つき合いきれない・共感もできない)だろうなー、素晴らしい場面作るなぁアルトマン!と思いました。追記以上です;

暗黒シス子 #- | URL | 2014/06/10 06:42 | edit

http://www.vangoghmuseum.nl/vgm/index.jsp?page=3128&collection=1297&lang=en

ゴッホ美術館所蔵 『花咲くアーモンドの樹』のページ見つけてきました。アップにもなります。(でも、やっぱりキレイじゃないです…ナマで見るともっと明るくてキレイ!花の白と、バックの青のコントラストが美しいのなんのって…10分くらい立ち尽くしたほど綺麗ですよ〜 兄ゴッホの気合いが伝わってきます!これはどこに出しても恥ずかしくないほどの出来。←なのに弟夫婦の家で飾るの前提の作品なのよね笑 さすがですゴッホ)

暗黒シス子 #- | URL | 2014/06/10 06:53 | edit

>暗黒シス子さん ドラマ版DVDについて

オリジナル版へのリンク、ありがとうございます。
10ポンドなら、とさっそくポチしそうになりましたが、ふと思いつきました、£ってことは、、ヨーロッパ版ですよね・・当然。
やっぱりPAL方式なんだ・・・。私の持ってる格安リージョンフリーデッキ、PALも再生可能とはいえ、リモコンがしょぼすぎて、一時停止とかちょっとだけ巻き戻しとかに難があるんで、できればダビングして通常デッキで見れるようにしたかったんですが・・・PALを書き換えるのってけっこう大変なんだよなぁ、、と思いつつ躊躇してます。
とか言いながら1時間分もカットと聞けば結局は買うに決まってるんですがね(笑)
お返事書くにあたって、ひさーーーしぶりにゴッホ映画版を見ようとしたのですが、自分でも驚くほどにツライです。
記事にかいたように、最初はあっさりしすぎの不親切映画に見えていたのが、もうあのシーンもこのシーンもみていて心が痛くて苦しくて見続けるのがしんどいんですわ。
結局、耳をそぐ悲鳴を背に聞きながらゴーギャンが去るシーンまでで挫折・・。もうヴィンセントが痛々しくて・・(;_:)
こんなんで1時間分も長いバージョンを果たしてみることができるのか(^_^;)。
そして、もっと大きな問題が・・。TVバージョンってことは、それってもしや日本語どころか英語字幕すらないのではないですか???せめて英語字幕が付いててくれないと、耳だけで理解できる自信が全くないのですが・・。

ゴッホ父の葬儀に立ち寄るヴィンセントですって!!!!?なんじゃそらーーーー!!!なんでそこカットなんですかっ。ガーーーン!
映画版、父親の影がほっとんど見えないようになってましたよね。冒頭、テオが「送金してたのはパパじゃなくて僕だ!」なんて言った時に、ヴィンセントがニヘラって笑うんです。その笑みの意味がね、見えてこないんですよ、父親とヴィンセントの関係が分からないと、なぜそこであのニヘラ、なのかが。意味もなくあの演技するわけないと思うんですよ。
支援してくれてるのはパパじゃない。そこで「あぁ、やっぱりね」なのか、それとも父の愛に対する絶望なのか、弟への愛情なのか、つかみきれなくて悶々としてました。
やっぱり買うべきですよねーーーー。あぁ、でもPAL,そしてリスニングへの不安(笑)

『素肌の涙』のマスコミ試写ですってーーーーー!?お写真コピーいただいた別件のことといい・・ものすごい体験なさってますね、シス子さん。すげぇ・・。

柚子☆シス子さんへ★ #1Sembxyo | URL | 2014/06/17 01:35 | edit

>暗黒シス子さん アブサンについて

いやーー、シス子さん。繰り返しになりますが、さすが!(笑)
まさかゴッホからレザボアにつながるとは・・・。感服いたしました。
オレンジ君出血100分は知りませんでした。そうかーー、頭の片隅に、どんだけ長いこと血ーながしとんねん、とは思ってましたが、100分ですか、回想がはさまってる間にも着々と(?)あの引っぺがすのが大変だったらしい血だまりが広がっていったのですね。そう思いながら見るとまた違った感慨があるかもしれません。本編から離れますけど、あの若くてちっこくていかにも重量的にまだまだ軽そうなティムが何人かで抱えられてあの血だまりからはがされてると思うとついほほえましくて笑みが・・・(笑)
誰にも感情移入できずにずっと第三者の目で見つづけさせられる感じが居心地いいですよね。最後の最後だけ、ラリーにちょっとだけ感情移入しちまいますけど。レザボアの観方としてはまだ完全に初心者の私ですが、それでも、あそこのラリーだけは可哀相だ、あのセリフだけは聞きたくなかったろうになぁ・・。ラリーってなんだか(吹き替えのせいかな)江戸っ子チックにみえるんですが、あのシーンのラリーは「それを言っちゃぁ、おしめぇよ」とか言い出しそうです(笑)

>何かとゴッホの狂気部分を探してはこれだこれだ、と喜ぶ感じがするんですが…
それは確かにそうですね。どうしても、絵よりもまず耳そぎのイメージが先に来る人のが多いだろうし。
>あのー、くるってなかったら見る価値ないんですか、ってつい内心ツッコミしちゃって(笑)
糸杉が描かれているものが好きな上にあのぐるぐるの空の色も大好きで、以前、仕事でA0用紙(でかいですよーー)に「このなかから好きな絵選んで拡大印刷しといて」っていう依頼を受けたときに、迷わずあの絵を選んだくらいなんですが(あのチョイスでよかったのかどうかその後の反応は見てませんが、額に入れて壁にかけたときの出来上がりは大迫力でした(笑))
結局、芸術の残酷さってココにこそあるんじゃないでしょうか。
誰かにとっては何億出しても惜しくない価値があっても、誰かにとってはただの変な絵にすぎない。
だから彼の絵は生きてる間には売れなかったし、誰かにとっては、ぐるぐる=気が変な証拠以上の価値はない。
舞台の方のコンフィダントに戻ると、その価値をわかる能力を心底渇望しているのに持ちえない哀れなものへの残酷さ、という面もありますね。

>『あーこいつ、譲る気無いんだな、俺はこれだけ譲ってるのに、こいつは自分をいっさい曲げる気無いんだな』って思ったのかな〜と。
うん、自分が切望していた関係を結局ゴーギャンと築けなかったな、という。そしてそこはゴッホの最後のよりどころ、命の頼みの綱に近いくらいのよりどころであることも彼は自覚してたからこその絶望、だったと思います。
でも、あの口からダラ~のあの一瞬だけは、グググーーッという思い込みのエネルギーから解き放たれた一瞬間だったんじゃないかな。
なんかをぐっと思いつめるときって、おでこの中央のあたり、ちょうど「三つ目がとおる」の三つ目の目があるあたりにぐーーーっとエネルギーが集中する感覚があるんですが、グーーーッッと集まりきったところで、プツンと切れる瞬間があって、その瞬間にはすべての思考から解放されて一種の思考的幽体離脱状態になるような感覚があるんですよね。今まで考えていたややこしいこと全てから離脱する瞬間。その瞬間には、論理的なこととか相手のこととかこれからのこととか、一切何も考えてなくって、ちょっと離れたところから自分を見ている第三者になってる。それまでの思考から解き放たれるので体感的なものだけ感じる瞬間なんです(私にとっては、ですが)あ、これ冷たい、とか涙が流れるのって思ってたよりくすぐったいとか、鼻水って思ってたよりあったかい、とか。あとは、あーーー、やっちゃったな、オレ、とか、あぁ、こぼしちゃってるよ、なんだかなぁ、ってくらい。トラウマからくる多重人格障害ってあるじゃないですか、あれってこんなことの繰り返しやってるうちに起きるのかなぁ、とぼんやり思ってたりするんです・・。そんなこと書くと、よっぽど危ない人みたいですが。私の場合、決して辛いことが多いとかじゃ全然なくって、(たぶん、すでにお気づきと思いますが)精神的動揺の許容範囲が異常に狭いんですね。すぐにキャパが足りなくていっぱいいっぱいになっちゃう、でもって時々振り切れちゃう。(^_^;)

>ゴーギャンがいかに『自分の方を見て話していないか』ってのが画面からバンバン伝わってきません?
そーなんですよねーー。この辺も、なんだかとっても夫婦喧嘩チックなんだよなぁ(-_-;)。ゴーギャンの方がつれない夫で、ゴッホが重すぎる妻、みたいな(笑)
ゴーギャンを擁護するわけじゃないですが、描かれてないこれまでのなかで、愛が重すぎたんじゃないですかねぇ。いい加減、うんざりだったんじゃないだろうか(^_^;)

柚子☆シス子さん★ #1Sembxyo | URL | 2014/06/17 19:10 | edit

>暗黒シス子さん 精霊について

あーーー、この英語の部分、なんとなく意味がつかめなくって翻訳サイトで翻訳したりして、で結局字幕版の訳をそのまま写したんでした。
なんと言ってもここで言いたかったのは、「こんなことを書きながらも韻を踏むということまで考える余裕がある」という事実が自分の中で気になっていた部分でしたので。
さすがに2年近くたっちゃうと英語的にも当時の自分の感覚と違ってきていることを自分で発見(笑)
記事の中でわざわざカタカナで書いた部分、わたしtheを落としちゃってますが、今じゃこのtheが気になります。
ほんとですね、evilに対するHolyととれますね。そのほうが、2行目の"WHOLE IN SPIRIT"につながってくる気がします。
この記事書いた時にはあまりピンとこなかったんですが、"精神的にwhole(欠けない)である"って、なんかゴーギャンに対して「おれの方が、人としてまともだ」って主張にも受け取れますよね。「お前は俺のこと責めて、もうついていけないなんて言うけど、人の気持ちがわかるのは俺の方だ、精神的に欠けたところがないのは俺の方だ」ていう。

そしてやっぱり、今となっては"A HOLY SPIRIT"じゃなくて"THE HOLY SPIRIT"であることもやはり意味があるように思います。
THE HOLY SPIRITってただの霊的存在という意味ではなくキリスト教における三位一体での精霊のことなんですね。「父と子と聖霊の御名によって」のあの三位一体。
キリスト教には詳しくはないけど高校大学と7年間プロテスタントの学校に通い毎日唱え(させられ)ましたので、このフレーズにはなんか思い入れがあります。
宗教の時間や礼拝の時間にちゃんと聞いてたほうではないので認識そのものが怪しいかもしれませんが、三位一体って父なる神とキリストと聖霊とは一体であって、そして永遠の存在である、みたいなことだったような記憶が・・。それが大きく間違ってないとすれば、自分は神と一体となり永遠である、なぜならwhole(完全)であるからだ、という主張にも見えます。全然違ってたらごめんなさい。そして、宗派によって三位一体のとらえ方そのものも違うかもしれません。

>私はこういう、ゴッホの、建前とか慣習よりも物事の本質を大事にしようとする姿勢は大好きなんです。周囲をどん引きにさせる情熱と実行力も大好きなんです。
あ~~~、お気持ちはわかる気がします。私自身は、あれこれ思って自分の中でグズグズ愚痴ることはあっても最終的には自分が生きやすい道を選んでしまうタイプですが、だからこそそんなまっすぐで不器用な生き方を選ぶ方には、逆に尊敬と憧れがあります。そして、大変だろうなぁ、辛いだろうなぁ・・・という思いも。そんなまっすぐな方にとっては、大変だとか辛いことよりも自分の信念を曲げることの方があり得ないことなんでしょうけどね。
世間ズレ、してなきゃ生きていけないですよ、マジで。特に日本じゃ。迎合を良しとしない潔さ美しさはもちろん理解しますし憧れますが、ある程度の世間ズレも農耕民族においては生きのびるために組み込まれた遺伝子のひとつだとも思います。米は一人では作れないのです。

>(←ちなみにあの娼婦モデルで描いてた絵にはゴッホ自身がタイトルを書き込んでまして、その名もsorrow=悲しみ、なのです!)
(;_:)(;_:)(;_:)・・そうなんですね。
そんなことをきくと、彼女に一緒に住もうと言うシーンにも(いいよ、と言われた後にちょっとうれしそうなかおするんだよな、また・・・くぅぅぅぅ(←泣いてます))、そして彼女が出て行ってしまうシーンにもまた泣いてしまいそう・・・。

(細切れですみません、続きのレスはまた後日)

柚子☆シス子さんへ★ #1Sembxyo | URL | 2014/06/17 22:07 | edit

細切れ歓迎です。というか(これもしつこいようですが)本当に御丁寧な返信を頂けて私は幸せ者です!柚子さんに無理矢理テムトークをつき合わせてしまっているのではないか、それだけが気がかりです…喜んで書いて下さってるならいいのですが!

タイトル『悲しみ』、沁みますよね…そうと知って見ると、まさに柚子さんと同じ反応ですよ私も…。「一緒に住もう」と言うとことか、ひっぱたかれてキスされて(←この連続にしびれました)彼女に去られてしまう場面とか、いろいろ深読みしちゃって…。なんでこの彼女と長続きしないのかなぁ、ってつい考えてしまいます。360度の絵が展示されてるところで、彼女の娘が絵に入ってっちゃうみたいに走ってっておしっこしちゃおうとする場面を見てると、いい家族になれそうな感じに思えるだけに残念で(笑)。

おお!ざ・ほーりー・すぴりっと!そうですね、トリニティ(三位一体)ですね!そこんとこど忘れしてました。柚子さんプロテスタント系学校7年ですか!ひえー!私なんぞがキリスト教がらみの話をえらそーにしてはいかんじゃないですか!でも、恥かきついでに、ゴッホのキリスト教的ネタを1つ。アルルの黄色い家に、知り合いや友人の画家を集めて理想郷を作る…っていうゴッホの夢。これ、一部の研究家には『ゴーギャンをキリストに見立て、自分を含めた他の画家が13人(12人?)の使徒』ってイメージがあったのでは?といわれているのです。(ゴーギャン自身が自分をキリストに見立てた絵を描いてることもあって)そう思うと、パリの絵の具屋さん(?)で初めてゴーギャンを見る場面で、呆然としてるみたいなゴッホの姿に、新たな意味合いが…。『自分はああいう風に人の輪の中心になることはできない』と感じつつ、それから『でもその輪の一人にならなれるかも』という発想でアルル案が出てくる…みたいな。

また、トリニティに話戻りますが、『父と子と精霊』で考えた時、「父=神、子=キリスト、俺=精霊」とも思えますが、これをさらに『父=父、子=テオ、俺=精霊』と解釈すると、勘当されたはぐれ者を交えて世界は完全になる、というヴィンセントならではの慰めのようなものにも見えてきます。うーん、これは初めて考えついた!柚子さんありがとうございます。

『ゴッホが重すぎる妻』…爆笑!!! 柚子さんに座布団100枚!!!ぴったりすぎる表現!

レザボアのラリーの「それを言っちゃあ、おしめぇよ」…これまた爆笑!観客は皆そう思いますねあの場面!!(私はあの場面について『To tell, or not to tell, That is a question.』という題の大真面目な小論を書いたことがあります…英国映画誌でレザボアが「ハムレット」に似ている、という論を読んで本当だ!と感心したせいで、ハムレットの最も有名な台詞を引用したりして)私はあのラストで両方に感情移入して、見るたびに泣いちゃうんですが;

口からダラーの場面…柚子さんの考え抜いた果ての状態がなんだか凄いです!思い込みのエネルギーから解き放たれる…そんな状態になったことがないので、新鮮な解釈として受け取れます。そう見るとそう見えますよあの口からダラー…なるほどなぁ…。

「送金してたのはパパじゃない僕だ!」あーすぐ思い出しました!弟も相当ヒステリーだなって思った場面でしたし(笑)。あのニヘラ笑いは私には、『弟に愛されているのが嬉しい』と見えました。父親に愛されている(送金されている)より、弟に愛されてるって分かったのが嬉しかったんだと思います。

完全版DVD…確認しました。はい、PALでした。そして日本語字幕、ありません。英語字幕も…ありませんでした。すすすすすみません。でも私だってほとんど内容分かってないですよ!?画面見てるだけで幸せなだけなんです。柚子さん、見た事の無い場面が見られるだけで嬉しいと思って買っちゃって下さい…そうすれば2千円の出費も許せるのでは…;画面キレイなので…せめてそういう喜びで(笑)

マスコミ試写…猿の時と同じ、出版がらみの仕事についてた友人のお陰なだけですよ…なんかマスコミ向け、ってイベントはほとんど名刺があれば入れちゃうらしいんです。宣伝の一環なので、一人でも多くの人に向こうは来てもらいたいって事のようで。だから紛れこんだ、って程度です;

暗黒シス子 #- | URL | 2014/06/18 02:36 | edit

>暗黒シス子さん 激情家とその身内であることについて

針が振り切れた瞬間の精神的幽体離脱状態はわりと時々・・ではあっても、私は根気とか努力する才能とかに欠けるのでいわゆる「激情家」ではまったくないのですが。違う面で少し意固地なところがあって、矛盾しているように聞こえるでしょうが、常に「中庸」でありたいと思ってしまうんです。適当にまぁまぁ、では決してないのだけど、何かに極端に偏ってしまうことが居心地悪く、偏ることで何かが見えなくなるのがとても嫌だし怖いんです。ただそうしていると、やはり世間と自分がとてもズレていると感じることが多く、理解してもらえないことも往々に。冷めてるとか無関心とか何も考えてないとか八方美人とか?そんな風にとらわれることもしょっちゅう。偏らないでいたいと思い込みすぎていることで、逆にはみ出しちゃう。なんか変なんですが、でもそうなんです。私のような人間でもそうなんですから、彼みたいにとにかく突き詰めてしまう生き方をしていると、どんだけ苦しいんだろうか。とても眩しいと思いますが、私には真似できそうもありません。

>これ、狂ってるっていうより、冷静な判断と絶望ですよね。もう俺、ここまでにしよう、っていう。
ほんとですよねぇ、ちゃんと見えているからこその決断のように思えます。

本物のゴッホも、腹から血を流しながら自分で歩いて帰って弟に会うまで待っちゃうんですか?なんてこったい。どんだけ好きなんだ、弟のこと。
で、テオもまた一種の激情家ですよねぇ、兄貴を支えることだけに情熱を捧げちゃった、兄貴が絵で成功することだけが自分の存在意義だったんだろうなぁ。兄ちゃんが笑ってくれるだけで超うれしかったんだろうなぁ。どうしてそんな兄弟関係になったのかなんてこともちょっと知りたい気がします。なんかそこにまで手を出すと泥沼化しそうで怖くもありますが。
テオ妻の苦悩も、誰かもう少し書いてあげてもいいんじゃないかと思いますね。そんだけみっちりくっついちゃってる兄弟の片割れを夫にするなんて、わたしなら絶対に嫌だ(笑)絵だけでなく手紙まで保管して、墓まで移して・・。よっぽどの聖女(あまりそんなイメージにも見えませんでしたが)じゃなければ、やっぱ女の意地みたいなもんなのかしら。私の苦労と苦悩の根源はすべてここにある、だったら、どうせなら!っていう逆ヒステリー状態とか(^_^;)いやいや、きっと自分が愛したのは、兄ちゃんが大好きでたまらん男そのものだったのだ、と思ったのね・・・・ということにしておこう。

柚子☆シス子さんへ★ #- | URL | 2014/06/22 00:21 | edit

>暗黒シス子さん コレクターについて

収集癖は自分ではないつもりでこの年まで生きてきたんですが、ジェイクのにしろティムさんのにしろ、とりあえず見たいと思ったものは輸入してでも買うってのは、やっぱちょっとコレクターの域に入ってきてますかね(^_^;)。観劇の回数も遠征もぐーっと減らしてるはずなのにまったく出ていくお金が減らないのは、なんやかんや関連ものを買ってしまっているせいの気が・・。英語教材やら受験料に費やすのだって、結局の目的は字幕なしでわかるようになりたいとか、インタビュー読んでふむふむって思いたい、って動機なわけだし(笑)
ものが「英語」って名前がつくと誰も責める人が居ないのでまだ助かってますが(日本人・・といういか家族の英語恐怖症に感謝)、これ、責められたらいたたまれないなぁ、、やっぱ思わずキャンキャンやっちゃうだろうなぁ。犬だけど窮鼠猫をかむ・・(^_^;)
あのヒステリーシーン、最初の時はどう思ったかはもう覚えてないんですが、今回見返したときはめちゃめちゃかわいく見えちゃって、とてもお気に入りのシーンになりそうです。

柚子☆シス子さんへ★ #1Sembxyo | URL | 2014/06/22 00:44 | edit

>暗黒シス子さん 『花咲くアーモンドの樹』について

『花咲くアーモンドの樹』のリンク、ありがとうございました。
こんな絵も描くんですね!綺麗!!実物は見たことありませんが、シス子さんが本物はもっとキレイと力説したくなる気持ちはとてもよくわかります。どんな絵でも、まったく同じ大きさにしてコピーされてても、本物の出すパワーにはまったく及びませんもの。
シス子さんちで、家が人の気で生きるようなことを書きましたが、絵にも人の気は宿っていると思います。美術館で、まったく好みじゃないはずの意外な絵の前で動けなくなることがあるのは、自分の何かがその気に共鳴しているんじゃないですかね。
どこか立派に表に出すものよりも、弟夫婦に贈るもののほうがよっぽど気合入っちゃうってのも、兄ちゃんらしくってかわいいっす。喜んでもらえることを楽しみにウフウフしながら描いたに違いない。

ゴッホ美術館所蔵なんですね。オランダかぁ・・・。福岡空港からアムステルダムに直行便が出てるな、なんて・・・。そんなアホなこと考えるから金がどんどん出ていくんだな。。。もちろん行きませんとも!!!い・・・行かないさ。。。。。多分・・・。

柚子☆シス子さんへ★ #1Sembxyo | URL | 2014/06/22 00:54 | edit

>暗黒シス子さん 三位一体、ほかそれぞれの説について

学校に通うこと=キリスト教に造詣深くなるではありませんので(-_-;)、牧師さんたって、お話が上手な方もおられますけど、どんなに信仰深くても伝えるのが苦手な方もおられ(-_-;)とても真面目に聞いていたと言えないことも多々ありましたし。
でも、日本って学校で普通は宗教の時間ってないですよね。家庭でじーちゃんばーちゃんから自然に伝えられるくらいで。多感な時期だし理屈こねたい時期でもあるので反発を覚えることも多々ありましたけど、でもあの時期にふれておいてよかったな、とも思います。

ゴーギャンキリスト説、ですか。出会った時には後光(キリスト教ではハ-ロ-というべきか)が見えたわけか。うむむむむ・・それまた結末でのゴッホの気持ちを思うと辛いなぁ。愛しても愛しても、ってやつですね。気持ちの上では殉教だったのかも・・。ゴッホは才能の上では神様に愛された人だと言えるにしても(それが努力の才能だったとしても)、神様ってやっぱちょっとつれない方だわ。弟のことはた目にはちょっと密接すぎる関係に見えるかもしれませんが、それも無理もないことだったのかも。だって、愛した分だけ愛を返してくれるのは弟だけだったんだもん。

『父=父、子=テオ、俺=精霊』ですか。これは200分版をみないことには。父の姿が見えないし。200分版見るときにはそこも要チェックポイントですね。家族が彼にとってなんだったのか、ということも。映画の冒頭、ゴッホが神はどこにでもいる!教会と "our bloody family"以外のどこにでも!と叫ぶじゃないですか。教会と並べるということは、教会に対する絶望感と同じものを家族にも感じてたんだろう、と想像するのですが・・。200分版見たら何かが分かるといいな。

レザボア=ハムレット説!!これまた素晴らしいですね。言うべきか、言わざるべきか、かぁ。言わないまま死ぬわけにはいかなかったんだろうけど、詩に追い詰められてるからそこなので仕方ないとはいえ、ですよ。自分の「言いたい、言わずに死ねない」を通してしまうところが、オレンジ君の若さだよなぁ、と思ったりします。ラリー、せっかくがんばって気づかないフリ(・・だと思ってます)してたのに、可哀相。
漫画でね、よく、笑うほど長~~~い導線の付いた爆弾出てくるじゃないですか、真っ黒くてつやつやしてるまん丸いやつ。あのながーーーい導線の先の火花が、だんんだん近づいてくるのを、冷や冷やしながらでもジリジリしながら見てる感覚です。ぎゃーー、言うぞ、言うぞ、やめれ、誰か止めれ、あぁ、もうだめだ、・・ほーら言った、ドカーン!!!・・って。ここに被るのがあの銃声。レザボア=導線の長い爆弾説、です(笑)

柚子☆シス子さん★ #1Sembxyo | URL | 2014/06/22 02:32 | edit

『レザボア=導線の長い爆弾』、いいですねー!それは聞いたことのないタイプの説です!(拍手)しかもラリーが『気づかないフリ』だったという解釈!それも新鮮です。公開当時に職場の何歳か上の女性の同僚(先輩)を連れて見に行ったときに、その可能性もあるわよね、って感想で聞いたっきりです。

言わずに死ねない、が若さゆえ、ってのもありますよね…。私はあれ、柚子さんのように『若さゆえのワガママ(自己満足)』にも取りますが、言うことで最後のけりをラリーにつけさせるという、彼なりの恩返しなような気もしています。言わずにいたら、もしやもしかして、生き残れちゃったかもしれない。言うも言わぬも関係なく、もうどうやっても死ぬかもしれない。残酷な真実だと分かっていても、嘘(虚構)の介在しない人間関係を最後の最後にラリーと結びたかった、とも思えちゃうんです。それに感情移入して泣けちゃって。言われるほうにも感情移入して泣けちゃって。そこに善悪の彼岸も混ざり合ってて…正義と不正義の線引きがどんどん曖昧になる怖さと悲哀もたっぷりあって。見てて、なんとかしてやりたいけどなんともしてやれない、そういう結末なんですよね。観客、という立場がいろいろな場面で『もてあそばれる』映画なんです。(←レザボアについては本2冊も出しといてまだ語り足りてないのです笑)

ちなみにレザボアがハムレットなのは、生き残り(何があったかという物語を後世に伝えられる人)がたったの一人である、というあの最後の展開を指してます。(←英国映画誌の評論家さんの小論では)。私はさらに、入れ子構造なところもだと。ハムレットの中で、ハムレット王子自身が、旅役者に演技の何たるかを論じるって場面があるんです。そこと、レザボアの中の「あのへん」の場面の演技論が、重なるんですよね〜。

福岡からアムステルダムに直行便が!!羨ましい…!!私の夢のひとつなんです、オランダに飛んでゴッホ美術館見るの。ついでにゴッホ作品所有率が高いもう1つの美術館と、ついでのついでに(笑)パリのオルセー美術館!(ここもゴッホ所蔵多いのです)どうせ行くなら一挙に片付けてしまいたい(笑)。問題はフランス語がまるでダメなとこです;

http://www.geocities.jp/toracchi_y/travel/travelnzundert.html
これはついこないだBSのゴッホ番組を見て知った、ズンデルトにある『兄弟の像』がついてる旅行記です。この像に感動しまして、ぜひ柚子さんにもお見せしたく。
二人三脚みたいな兄弟の立ち姿、手の取り合い方、これぞ兄弟のイメージ通り。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2712071&id=25222790
こちらはmixiのコミュニティのページですが、より近影が見られるので…。
この、ハート部分がからっぽになってる、って表現にうたれました。この彫刻家、あなどれません…。わかってるな、って思っちゃったり(←えらそうに笑)

柚子さんが仰る通り、この兄弟の関係性を突っ込みし始めると、泥沼化は必至なので私もなかなか入って行く気になりませんよ(笑)。だから手紙集にも手を出さないのです。
「花咲くアーモンドの樹」、気に入ってもらえて良かったです。ゴッホは知れば知るほどどんどんかわいくなって困ります。ティムのせいです(笑)

暗黒シス子 #- | URL | 2014/06/23 03:23 | edit

>暗黒シス子さん ラリー江戸っ子説と兄弟の像について

え???ラリー実は気づいてた説は少数派ですか???(@_@;)特に二度目からは「気づいてるな」と確信しながらその気で見てたんですが。

>残酷な真実だと分かっていても、嘘(虚構)の介在しない人間関係を最後の最後にラリーと結びたかった
はい、私もめっちゃそうだと思います。でも、そこは心の中ではわかったうえでのその嘘の「ごっこ」というか。ラリーはそのまま終えるつもりだったのに、そこを我慢できないのがオレンジ君の若さ故の純粋さかな、と。で、「それを言葉にしちゃうのはヤボってもんよ」てのがラリーの年齢の江戸っ子の粋(イキ)ってもんで。不正義の中にあっての正義の在り方というか、でもそこは明かさないのが仁義で。なので、ラリー江戸っ子説は(そんなもんあるのか?)、ラリーが気づいていたという前提がないと成り立たないわけなんですが・・・・・。うーーん、自分の見方が少数派だという可能性を全く考えてなかったです(^_^;)

>『もてあそばれる』映画
ほんとにほんとに。最後の銃声にしても、いろいろ穿ってみればラリーがけりをつけたとばかりも言いきれず。ラリーが思いきれずに引き金をひききる前に警官が撃ったかもしれないし、ラリーは実は銃口を自分に向けたかもしれないし。クールな終わり方じゃないから可能性は低いけど、でも誰も死ななかったってことだってありうるよな、とか(生き残りが二人ともになっちゃってスミマセン(^_^;))いろいろ想像していろんなバージョンで遊んじゃうというか遊ばされちゃうというか。だから何度も観ちゃうんでしょうね。

『兄弟の像』の写真、ありがとうございます。特にMIXIのほうの写真、ずんと心に響きました。見てるだけで切なくなってきます。この彫刻家、ただもんじゃないですね。こんなの、実際にいったらいつまででも眺めちゃいそうです。なんやかんやでゴッホばっかり注目されちゃいますけど、テオのあり方にも心打たれますね。何を考えて何を感じて支え続けたんだろう。でもって、そんなテオの妻であるのってどんな気分だったんだろうな、テオ嫁。心が広いとかより、やっぱりよほどの強さがないとそんな夫と夫婦でいられない気がします。

柚子☆シス子さん★ #1Sembxyo | URL | 2014/07/08 21:29 | edit

『ラリーが気づいてた』って、時間軸でどのへんのあたりで、って柚子さんが思っておられるのかが訊きたいー!(笑)あの、エディーが倉庫に入ってきてオレンジを責める、あのへんから「気づいた」って解釈でしょうか?それとももっと前から?(そしたら仕事しませんよね、そもそも笑。だからそれはないかと)

ラストのラリーが撃ったかどうか、なんですが、音だけで表現されているので分かりづらいのですが、ちゃんと撃ってるんです。(力が無いから銃弾があんな至近距離でも外れた、っていう説も成り立ちますが笑)撃ったから、一斉射撃されてラリーは死ぬ。←これは確実だと思います。ファン小説でオレンジ君だけ生き残っちゃってラリーに対して悔やむってのも読んだことがありますが(笑)、それはありうる!でもラリーはアメリカの警官の行動常識的には絶対殺されます。(撃ったら撃つ!って警官に言われた上で、ラリーは撃ってますし、こういう時に銃を使った犯罪者を撃ち殺さない警官はいないですし笑) …ところでピンクが倉庫の外で捕まってる、ってのはご存知でした?これもラリーの嗚咽に隠れて聞き取りにくいんですが、はっきりと外の警官とピンクのやり取りが聞こえてるんですよ(笑)。字幕に出ないので、非英語圏人には分かりづらいポイントなんです。

兄弟の像、せつないですよね!気に入って(?)いただけてよかったです。

暗黒シス子 #- | URL | 2014/07/15 05:59 | edit

>暗黒シス子さん レザボア話

どの辺か、ですか?うーーん、「この瞬間だ」ってのは今まで意識してみてなかったです。
またもう一度見直してこのあたり、というのをご報告したいと思いますが・・Mrピンクが入ってきてあのトイレの鏡で髪をとかしながら話すあのあたりからかなぁ。。いや、やっぱ確認してから後日ちゃんとご報告します!

>音だけで表現されているので分かりづらいのですが、ちゃんと撃ってるんです。
ラリーが撃とうとして、でもどーーーしても引き金引けないうちに警官が先に、、てのはないのでしょうか。「気づいていた」説をとろうとすると、あの「告白」を聞いたあとでもなかなか引き金を引ききれないラリーってほうがしっくりくるんです。なので、ファン小説でオレンジ君だけ生き残るパターンがあるのはしっくりきます。警官が先に撃つとしたらラリーのみでしょうし。だったらオレンジ君は生き残る可能性大。ま、そうなっちゃうとなんかつまんないんで(コラ)やっぱオレンジ君にも死んでて欲しいですが(笑)
逆に、あそこでラリーがあっさりオレンジを撃てちゃうなら、やっぱ気づいてなかったんだなぁ、と思えてきます。
ピンクの声、ぜんっぜん気づいてませんでした。何言ってるんだろう。今度観たらそこも確認ポイントですね!

柚子☆シス子さん★ #1Sembxyo | URL | 2014/07/25 01:39 | edit

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